東京地方裁判所 平成6年(ワ)1342号 判決 1996年4月26日
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じて、原告(反訴被告)の負担とする。
四 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
一 本訴
被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金六九五〇万円及びこれに対する平成四年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴
主文第二項と同旨
第二 事案の概要
本訴は、被告(反訴原告。以下「被告」という。)に自己所有の別紙物件目録一ないし三記載の土地建物を一億三〇〇〇万円で売り渡した原告(反訴被告。以下「原告」という。)が、被告に対し、売買残代金の一部六九五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
反訴は、右土地の一部及び建物がその後根抵当権の実行により第三者の所有になったとして、被告が、原告に対し、民法五六七条一項に基づき、又は履行不能を理由に売買契約を解除し、支払済みの売買代金一〇〇〇万円の返還及びこれに対する反訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
一 基礎となる事実(争いのない事実)
1 原告と被告は、平成三年一二月二六日、原告所有の別紙物件目録一ないし三記載の土地建物(以下「本件土地建物」といい、個別には、それぞれを順に「本件土地一」「本件土地二」「本件建物」という。)を次の約定で原告が被告に売り渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
(一) 売買代金 一億三〇〇〇万円
(二) 代金支払方法
(1) 契約日 五〇〇万円
(2) 平成四年四月二〇日
一億二五〇〇万円
(三) 履行引受けの特約
被告は、本件土地一及び本件建物に設定されている別紙登記目録一ないし三記載の根抵当権設定登記に係る根抵当権の被担保債権について、その債務の履行を引き受ける(以下「本件履行引受けの特約」という。)。
被告が右履行引受けにより各根抵当権者(以下「本件各根抵当権者」という。)に支払う金額は、右(二)(2)の金額から差し引いて精算する。
2 被告は、原告に対し、売買代金の一部として、平成三年一二月二六日及び同四年三月五日に各五〇〇万円を支払った。
3 原告は、被告に対し、本件売買契約に基づき、平成三年一二月二七日、所有権移転登記をした。
4 本件土地一及び本件建物について、水戸地方法務局竜ヶ崎支局平成四年二月一九日受付で、原因を同月一七日名古屋地方裁判所一宮支部仮処分命令、債権者を株式会社マキとする処分禁止仮処分登記(以下、右仮処分を「本件仮処分」という。)がされ、また、株式会社マキは、同月中旬ころ、本件仮処分の本案訴訟として、被告を相手に、右土地建物についての本件売買契約が詐害行為に当たるとしてその取消しと右3の所有権移転登記の抹消登記手続を求める詐害行為取消訴訟(以下「本件詐害行為取消訴訟」という。)を右裁判所支部に提起した。
5 本件土地一及び本件建物について、別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記の根抵当権者である芝信用金庫の申立てに基づき、水戸地方裁判所竜ヶ崎支部において、平成四年六月一八日、競売開始決定がされ、右競売手続において、平成五年七月一二日、右土地建物が楯忠行に売却され、同月一四日、その旨の所有権移転登記がされた。なお、これに伴い、本件仮処分の登記も、同日、抹消され、また、本件詐害行為取消訴訟も、平成六年六月二四日ころ、訴えが取り下げられ、被告は、そのころ、これに同意した(右訴えの取下げ及びその同意については、《証拠略》)。
二 本訴及び反訴の争点
1 民法五六七条一項に基づく、又は履行不能を理由とする解除の当否(本訴及び反訴)
(一) 被告の主張
(1) 被告は、前記一5のとおり、本件土地一及び本件建物の上に存した根抵当権の実行により右土地建物の所有権を喪失した。
そこで、被告は、原告に対し、平成六年六月二三日送達の反訴状で、民法五六七条一項に基づき、又は履行不能を理由として、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
なお、本件土地二については、根抵当権が実行されていないが、本件土地建物は一体として本件売買契約の目的となっているものであるから、本件土地二を含めて解除することができるというべきである。
(2) なお、被告は、本件履行引受けの特約により、本件各根抵当権者に対し根抵当権の被担保債権に係る債務を弁済すべき義務を負担していたが、本件仮処分の登記がされ、本件詐害行為取消訴訟が提起された以上、被告は、本件土地一及び本件建物について所有権を喪失するおそれがあったから、民法五七六条に基づき、実質的には売買代金の支払に当たる右被担保債権に係る債務の弁済を右のおそれがなくなるまで拒否することができたものというべきである。したがって、右土地建物が競売手続において売却されたことにつき、被告に責任はない。
(二) 原告の主張
(1) 本件履行引受けの特約により、被告は、本件各根抵当権者に対し根抵当権の被担保債権に係る債務を弁済すべき義務を負担していた。したがって、被告が根抵当権の実行によって本件土地一及び本件建物の所有権を喪失したのは被告の右義務の不履行によるものであるから、被告は、本件売買契約について民法五六七条一項による解除をすることはできず、また、被告が右のように右土地建物の所有権を喪失したとしても、原告の債務の履行不能にも該当しないというべきである。
(2) なお、被告は、本件仮処分及び本件詐害行為取消訴訟の提起により本件土地一及び本件建物の所有権を喪失するおそれがあった旨主張するが、右訴訟は成立する余地のないものであったから、右のようなおそれは存在しなかったものである。また、詐害行為取消訴訟の提起の場合は、民法五七六条に該当しない。
2 権利濫用の該当の有無(本訴)
(一) 被告の主張
原告の本訴請求は、次の理由から権利の濫用に当たる。
(1) 原告側の事情によって発せられた本件仮処分により、原告と被告との間に紛争が生じ、被告としては、進退に窮する状況に追い込まれた。
(2) 原告は、前記一5の競売手続により売却代金五〇五〇万円相当額の利益を得ている。
(3) 仮に、原告の本訴請求が認容されると、原告は、本件土地建物の時価の二倍を超える利益を取得することになる。
(二) 原告の主張
被告の主張は争う。
3 同時履行の抗弁の当否(本訴)
(一) 被告の主張
本件土地一及び本件建物についての本件売買契約に基づく前記所有権移転登記は、右土地建物の前記競売手続による売却に伴い、抹消された。
したがって、被告は、いまだ、右土地建物についての所有権移転登記及び本件土地建物の引渡しを受けていないので、原告が右登記手続及び引渡しをするまで原告請求の売買残代金の支払を拒絶する。
(二) 原告の主張
被告の主張は争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 前記第二の一5の事実によれば、被告が本件土地一及び本件建物の上に存した根抵当権の実行により右土地建物の所有権を喪失したものと認められる。
そして、被告が原告に対し平成六年六月二三日送達の反訴状で民法五六七条一項に基づき本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。
2 ところで、前記第二の一1(三)の事実によれば、本件売買契約において、被告は、本件履行引受けの特約により本件各根抵当権者に対し根抵当権の被担保債権に係る債務を弁済すべき義務を負担していたものと解される。したがって、被告が右特約に基づく義務を履行していれば、すなわち、右被担保債権に係る債務を弁済していれば、右1の根抵当権の実行は回避することができたといえるから、右根抵当権が実行されたことについては、被告の右特約違反の有無が問題となる。
そこで、被告の右特約違反の有無を検討すると、前記第二の一4のとおり、本件売買契約に基づく売買残代金の支払期限の到来前である平成四年二月に本件土地一及び本件建物について本件仮処分の登記がされ、また、本件詐害行為取消訴訟が提起されている。
そして、甲四によれば、右訴訟における原告株式会社マキの主張内容は、株式会社カレリアに対する一億二五〇〇万円余の売掛金債権について原告に対し同額の連帯保証債権を有するとする株式会社マキが、右カレリアが不渡り手形を出した同年一月五日及び同年二月五日の直前である平成三年一二月二六日(右訴訟上は、同月二七日と主張されている。)に締結された本件売買契約が詐害行為に当たるとして、右売買契約の取消しと右契約に基づく所有権移転登記の抹消を求めるものであることが認められる。
右の各事実によれば、本件詐害行為取消訴訟の帰すうによっては、被告は、株式会社マキの請求が認容されて本件土地一及び本件建物の所有権を喪失するおそれがあったものと解される。
ところで、民法五七六条は、売買の目的につき権利を主張する者があって買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれのあるときは買主はその危険の限度に応じ代金の全部又は一部の支払を拒むことができる旨規定している。右規定は、衡平の見地から同条所定の場合に買主に代金支払の拒絶権を与えたものと解されるが、右規定の趣旨に照らすと、当該売買契約自体が詐害行為に当たるとして第三者からその取消しを求められている場合であっても、買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれのあることに変わりはないから、右規定の類推により、買主は代金の全部又は一部の支払を拒むことができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被告は、本件詐害行為取消訴訟の提起により本件土地一及び本件建物の所有権を喪失するおそれがあり、そのおそれは、右訴訟の内容にかんがみると、決して小さくはない。そして、右土地建物は本件売買契約の目的である本件土地建物の大部分を占め、かつ、本件履行引受けの特約に基づく本件各根抵当権者に対する債務の弁済は売買代金の支払に代わるものであるから、被告は、右訴訟が係属する限り、原告との関係において右債務の弁済を拒むことができるものというべきである。
したがって、本件土地一及び本件建物について根抵当権が実行されたことにつき、被告には本件履行引受けの特約に基づく義務の不履行はないといわなければならない。
3 そうすると、被告は根抵当権の実行により本件土地一及び本件建物の所有権を喪失したことによって民法五六七条一項に基づき本件売買契約につき解除権を取得したものと解される。そして、右解除権の範囲は、前記のとおり右土地建物が本件売買契約の目的である本件土地建物の大部分を占めている上、本件土地一及び二の位置関係及び面積の割合からして本件土地建物が一体として売買の目的になっているものと解されるから、本件売買契約全体に及ぶものと解するのが相当である。
したがって、右1の被告の解除の意思表示により本件売買契約は解除されたことになる。
二 まとめ
以上によれば、本件売買契約は被告によって有効に解除されたから、その余の争点について判断するまでもなく、残代金の一部の支払を求める原告の本訴請求は理由がないことになり、一方、支払済みの代金の返還を求める被告の反訴請求は理由があることになる。
第四 結論
よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は理由があるから認容する。
(裁判官 横山匡輝)